英国の創造性教育の展開
弓野憲一
(静岡大学教育学部:静岡市駿河区大谷836)
1.はじめに
60-70年代にかけて日本の学校教育においても、創造性の育成をめざした教育ブームがあった。しかし、日本の経済が世界のトップに躍り出るなかで、産業界等をささえる知識の習得が優先すべきであるとする教育的風潮のなかで、創造性教育は、一部の学校を除くとほとんど顧みられなくなった。ただ、2003年より始まった「総合的学習の時間」において、体系的ではないが、創造性教育と重なる実践を目指している学校もある。
英国においては、1997にNACCCE(National Advisory committee on Creative and Cultural Educationt: Chairman = Ken Robinson)が出したレポート(All Our Futures: Creativity, Culture and Education)の勧告に基づき、2000年より創造性教育が全国の小・中学校に導入され始めた(弓野,2005; 弓野・平石,2007)。それから数年経って、「英国の創造性教育にかんする展望」がインターネットに掲載された(Promoting Creativity in Education: Overview of key National Policy Developments Across the UK: http://www.hmie.gov.uk/documents/publication/hmiepcie.pdf )。この小論は、その展望を中心に、英国の創造性教育の現況をまとめたものである。
2.イングランドの創造性教育
英国の創造性教育を担当する部局はQCA(Qualification and Curriculum Authority)である。QCAは2000-2002年度に全国の小・中学校に呼びかけて,100校ボランティア,100校ランダム選択で200校を選びだし,ナショナル・カリキュラムを通じて創造性を育成する教育を実験的に導入した。そして2003年にはその数を1000校以上に拡大している。
(1)創造性のとらえ方
QCAは創造の過程には以下の4つが含まれるという。@あることについて想像的に考えたり振る舞ったり,A一つの目的を達成するために想像的な活動を行ったり,B何かオリジナルなものを産出するために思考や行為や作業を行ったり,C産出物が目的に照らして価値のあるものであるかを評価する過程等である。それで,創造性の教育は,初期の段階では@の「想像」を大切にし,発達に伴い,A,B,Cに対応した創造性の教育が必要になると考え,その目的を達成するための実践を奨励している。
(2)創造性教育の方略
創造性教育の具体的な方略としては,生徒の創造を刺激する,生徒の学習に明確な目的を持たせる,他の学習や経験を通して生徒のイマジネーションに火をつける,生徒が共同で働く機会を設ける,成功の基準を確立する,生徒のオリジナルなアイデアを尊重する,オープンエンドな質問をして,クリティカルな反省を勇気づける,ことが有効であるという。
(3)教科における創造性の育成
創造性教育を導入した学校では,英語,数学,理科,社会,デザイン・技術,ドラマ,ICT(Information and Communication Technology)等の教科で,単独であるいは教科をクロスさせて,創造性の育成を行っている。
(4)もう一つの創造性教育(Creative Partnership)
英国(イングランド)には、学校の中の創造性教育とともに、もっとも貧しい36地域にある学校間、創造的な生徒間、関連した組織間が連携して、創造性教育を実施しようとする政府基金による国家プログラムがある。その目的は:
@若い人の熱望と業績を伝える。
A教師と学校のアブローチ法と態度を伝える。
B学校で働くことを希望する創造的実践者ならびに組織の実践を伝える。
(5)DfES(Department for Education and Skills:政府機関) がCASE(Creativity and Cultural Working Group)の実践を後援(2001-2003)
DfESは創造性教育を進展させるために必要な情報をさまざまな機関、部門に流し、鍵となる政策、プロジェクト、施策を共有させた。
(6)CASEの実践は、現在QCA(Qualification and Curriculum Authority)が主催する"Creativity : Find it, Promote it" や"Creative Partnership" にとって代わられている。QCAは国家カリキュラムのなかで以下を含む創造的思考と行動を促進している。
@慣習や仮説に疑問を呈し、挑戦する。
A通常関連していないものの間に発明的な結合と連想をつくる。
B何であるかを視覚化する: イメージをつくる- 心の眼でものを見る。
Cオプションを準備しておいて、もう一つの選択肢や新鮮なアプローチをさがす。
Dアイデア、行動、結果をクリティカルに顧みる。
*QCAは、計画や実践を少し変えることで教師は、生徒の創造性促進できると勧めている。
(7)"Creativity : Find it, Promote it" と"Arts Alive"ウェブサイトには、カリキュラムの中でいかにして創造性ならびにアートのインパクトを最大にするかが示されている。そこには、創造性とアートを促進するための実際的な示唆を含んだケースレポートが掲載されている。
(8)OFSTED(Office of Standard for Education)は、創造性の促進を志向する中で「よい実践」を特定化するための調査をした(Expect the Unexpected: Developing Creativity in Primary and Secondary Schools, 2003)。そして、それらの学校は、創造的遂行において概して高い業績をあげていることをみいだした。生徒の能力如何に関わらず、教師が創造性を育成するための高い教科知識と十分に広い教授スキルをもてば、困難を克服できることがわかった。OFSTEDは「生徒に見いだされる創造性は、急進的な新たな教育学によってではなく、生徒が目的的にアイデアを発展させるのを教師が熱心に観察し、聞き出し、協同作業すること」によって育成されると強調している。
(9) イングランドにおける最近の展開として「Nurturing Creativity in Young People 」というホームページがある。Paul Roberts( Director of Strategy from Improvement and Development Agency)とDfESが共催するこの事業は、政府の創造性に関する未来政策を掲げている。この中には、早期から創造性教育を始めて、普通教育(main stream)の中でそれを発展させ、「創造的産業」へと連なる筋道が提言されている。
3.北アイルランドの創造性教育
(1)創造性の秘密を解く(北アイルランドにおける展開)
NACCEの方針にしたがって、Ken Robinsonは北アイルランドのさまざまな創造性研究グループと提携して、創造性および文化的資源の開発を試みた。その成果は、「Unlocking Creativity: A Strategy for Development, 2000」レポートにまとめられている。ここでの創造性は2(1)で述べた定義と同じである。
(2)このレポートでは、下記の点が奨励された。
@学習、教育、および若者の仕事を通して、創造的および文化的教育を連続的・先進的に発展させる。
A創造的および文化的教育の目的と価値を認識するための評価・検証方法と原理を発展させる。
B創造的および文化的教育の重要性を積極的に推進するための職業的および学問的な資格を設ける。
** 2004には3番目のレポートが出されている。
(3)ICTを用いた創造性教育
北アイルランドの創造性教育の特徴は、先進ICTを活用するところにある。ラジオ教材作製、ドキュメンタリー・フィルムやディジタル・コンテントの制作等である。EmPowering School方略が打ち出され、ICTを使用することによって「創造性」と「革新」を統合しようとしている。