創造性と独創性を伸ばす
弓野憲一
はじめに
「出る杭は打たれる」。日本ではよく知られた格言である。この格言は創造性・独創性を善としない日本の風土を表している。筆者は最近、この格言に後編があることに気づいた。「引っ込む杭はさらに打たれる」である。なぜこのような格言が生まれてきたのであろうか。詳しく考察するスペースはないが、そこには日本文化の特徴が垣間見える。すなわち、諸外国の人や先人の創り出したものが優れており、それらを学ぶのが勉強であり修行であるとする思想である。生徒一人ひとりが、その人らしい独自の意見・見解・アイデア等を他の人との「議論」の末に創り出すことを善としない価値観である。このように、「独創性」の育成には困難な環境にある日本の学校で、「創造性・独創性の教育」を実施するには、それなりの工夫と配慮が必要である。
アメリカでの体験
30年ほど前でアメリカのネブラスカ大学とコーネル大学で、1年間の研究・研修する機会に恵まれた。当時の興味は、「なぜアメリカで創造性が育つのであろう」であった。この興味に沿って講義きき、教授と対話し、教室や家庭での子どもの観察した。日本とは違う、いくつかの点を発見できた。
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以下に、独創性、創造性が何を表すかを定義し、それらを小学校で育てる方法を提言する。
独創と共創
独創という言葉は何を意味するのであろう。字義どおりに解釈すると、「独創」は単独で何かを創造する行為を指であろう。この言葉に対して、日本の産業界で「共創」という言葉が花盛りである。共創は多人数または集団で創造を行う行為を指して使われる。共創という言葉は、一般にはまだなじみの少ない言葉であるが、自動車メーカーのHondaをはじめ、現在の日本の企業で盛んに用いられている言葉である。ここではひとりでそれを為すか、集団でそれを為すかの違いあるのみである。
しかし、「独創」を為す創作者に焦点を当てた「独創性」には、創作者の人数以上のものが含まれている。すなわち、他の人が創り出せないような傑出した所産・産出物を、単独であるいは個人で生み出す能力・人格・才能の意味を包含している。
創造性と独創性(独自性)
独創性と言う語と非常によく似た語に、「独自性」という語がある。両者はどのように違うのか。英語に訳すと両者はoriginalityとなる。それゆえ、
(2)創造性の構成因子
ギルフォードとホエップフナー(Guilford and Hoepfener, 1971)は、因子分析を用いて、創造性を構成する以下の六つの因子を見つけ出している。
@問題に関する感受性 何が問題であるかを発見する能力。種々の発明や発見や研究や創作等において、欠かすことのできない能力である。
A思考の流暢性 特定の問題を解決するために必要なアイデアを、どれほど流暢に出せるかに関する能力。創造性テストでは、アイデアの数をもって、思考の流暢性としている。
B思考の柔軟性 様々な角度から異なった考えを出すことのできる能力。創造性テストでは、異なるカテゴリーから出力されたアイデア数によってこの能力を判定する。
C思考の独自性 他の人が考えつかないようなすばらしいアイデアをいくつ出力できるかに関した能力。多数の被験者の出したアイデアのうち、出現頻度が一定の%以下のアイデアに対して高い得点を設定し、だれもが考えつくような出現頻度の高いアイデアには、得点を与えない。
D思考の精緻性 考え着いたアイデアが緻密に考えられており、そのアイデアを実現する時に有効に機能するような考えを出せる能力。例えば、「空きカンの利用法」の場合、単に「灰皿として用いる」のではなく、「カンの口部をヤスリで削り、きれいな色を塗って灰皿にする」のような、丁寧で精緻な思考ができる能力を指している。
E再定義の能力 特定の事物が様々に使用できたり、様々な機能をもっていることを考えつく能力。例えば、「魚の骨」を「釣り針」と見ることのできるような能力を指している。
これらの諸因子のうち、A思考の流暢性、B思考の柔軟性、およびB思考の独自性は、次にのべる創造性テストにおいて、比較的容易に測定される。
以下の授業例(1)、(2)、(3)はTeachers Kit(QCA, 2003)より、(4)は著者の学校訪問より得られたものである。
(1)科学(酸のテスト,中学1・2年, 40分)
授業目標:酸性、中性、アルカリ性を弁別する指標を使える。酸性を測定するためにpH尺度を使える。観察と測定を説明・解釈するために科学的知識・理解を使える。
教師の計画:生徒に検査薬を示し、それが酸、アルカリに触れたときにいかに色が変わるかを例示する。家庭にある化学品について質問し、pHを測る。
教師が計画に沿って授業を展開していた時に、一人の生徒が「もし酸とアルカリを混ぜたとしたら何が起きるか。その時に検査薬は何色になるか」と問いかけてきた。授業計画の想定外の質問であった。教師は授業計画を放棄し、その質問に沿った実験をクラス全体で実施した。ところが試験管ごとに色が微妙に違った。生徒は色の違いについて疑問を持ち、その原因を推察した。一人の生徒が酸とアルカリの量が違うからではないかと提案し、同一量で確かめると同じ色が出現した。酸・アルカリが同一量であるにもかかわらず、なぜ中性を示す緑にならないのかという、さらに深い疑問が提出され、クラス中で議論がなされた。最後に酸とアルカリの強さが違うので、同一量であっても緑とはならないという結論に達した。
創造性:創造性は以下の観点から育成をめざした。@オープン−エンドな質問をする、A可能性について空想する、B異なる選択肢を示す、Cアイデアを実験する、Dアイデアと行動の効果を評価する。
(2)数学(紫の巨大菓子,中学3年,40分2時間と宿題)
授業目標:問題解決に適切な方略を選択する。結果を説明し、正当化する。複雑な問題を一連の下位課題へと変換する。
最近売りに出された何種類かの「紫の巨大菓子」は、従来のものより4倍大きいと宣伝されている。@その内容について議論しそれをテストする方法を考える。Aその問題を解く攻略法を開発する。B発見したものを説明し記録する。
生徒たちは2人1組になり、この問題に取り組んだ。2そしてこれを解決するに必要な措置についてリストアップした。授業の最後にクラス中でアイデアを共有した。教師は各ペアに各々のアイデアを、洗練するように宿題を出した。次の時間は実際に巨大菓子と通常菓子の包みを開け、量を比較した。中に含まれているナッツの数から比較するペアもあれば、水に菓子を入れてあふれる水量から比較するペアもあった。さらに、2つの菓子の「たて」、「よこ」、「たかさ」の比が約1.6であることに目をつけ、1.43 ≒4と証明するペアもあった。このアイデアはクラス中に広まっていった。
創造性:@2つの菓子の量を対比する、Aアイデアをもてあそぶ、B多くの選択肢を探索する、C何が起こっているかを鳥瞰する、Dアイデアと行動の効果を評価する。
(3)デザイン・技術(主題を持った機械的おもちゃ,小学5年,1時間)
授業目標:だれが使うか守どのように使うSouthを考えて機械的おもちゃのテーマを決定。製作品の目的とか美的特質を考慮してどのようなメカニズムを使うかを決定する。
前時までにルビーや材料をいろいろな方法で組み立てたり、結合したりして機械的おもちゃのアイデアを練っている。現時はそのおもちゃのテーマを決め、それをデザインする。生徒は足で動く犬、猫を打つ手、墓場にいる怪物等のテーマでおもちゃを組み立てた。
創造性:創造性は以下の観点から育成をめざした。@アイデアを実験しもてあそぶ。Aたくさんの選択肢を試す。B驚くべき使い道に反応する。C新しい文脈に知識を適用する。Dアイデアを効果的にコミュニケートする。
(4)ドラマ(嵐に遭った海辺の村,小学6年,90分)・創造的作文(50分)
筆者は2004年1月18日から1週間、リーズ市に滞在して、英国の創造性教育の実情を探った。そこで見聞の一部をまとめる。
リーズ市の中心部にあるOsmondthorpe 小学校で、6年生のドラマ授業に参加した。プロのドラマ教師(John Mee氏)の適切なアドバイスの下に、嵐に襲われた海辺の村の壊れゆくさまを全員参加で創りあげ表現する。残された女主人の嘆き、悪夢も表現する。そこでこの後どうするかが求められ、何人かの子どもが橋の向こうに住む「王様」に救助を求めるべきと言い、橋を渡って王様に訴えようとするが、理由が十分ではない、正式な表現になっていない等の理由でことごとく退けられ、このドラマは終わる。次の時間は、Creative Writingである。子どものこころに溜まった不満を王様宛の正式な手紙に書くのである。担任教師が、熟語等も用意して手紙の書き方について説明する。その後、子どもたちが書き始め、2人の教師が個別に指導する。ドラマと作文が完全に結びついて創造性教育の典型的なクロス・カリキュラムである。
5.ICT(Information and Communication Technology)を用いた創造性教育
イギリスではICT教育が盛んである。小学校から高校まですべての段階においてICTがカリキュラムの中に位置づけられている。コンピュータや情報機器の操作スキルを身につけるとともに、英・数・理・・、すべての教科においてICTを利用した教育が行われている。
(1)QCAの提唱するICTの内容
QCAはICTの時間に、教えるべき内容として以下を提唱している。
@歴史情報の資源として放送材とCD-ROM。A読み書きを教えるためのキーボードや他の装置につながったマイクロコンピューター。B 音楽の授業ためのキーボードならびに効果的な装置と系列。C配慮の必要な生徒のための有効なコミュニケーション機器。D空間認識と心的運動統制を発達させるための電子的な玩具。E協同的作文や資源の共有のためのE-mail。F現代外国語教育を支援するためのビデオ。G地理学的研究を支援するためのインターネット。H基本的、数概念を教えるための統合学習システム。I 管理・評価データを交換するためのコミュニケーション技術。
(2)ICTと創造
読者はICTと創造と聞いて驚くかもしれない。なぜなら、ICTの中心にはコンピュータがある。コンピュータはルールに支配された機械であるので、壊れていない限り、一定の入力に対して一定の出力を出す。そこには何の創造もない。もちろん、ICTと創造といった場合、コンピュータに、創造を、やらせのではない。生徒の創造性を伸ばすために、コンピュータや情報機器を使うのである。
(3)ICTはいかにして創造性を支援するか
イギリスのICT研究家であるLoveless & Wegerif(2004)は、ICTには以下の特徴があるという。@「事前計画可能性:provisionality」、これによってユーザは、計画を変更したり他のものを試したり、アイデアの展開を跡づけたりできる。A「相互作用可能性:Interactivity」。ゲームの例をあげると、反応に対して直ちにフイードバックが与えられ、空間の探索子の動きをダイナミックに見ることができる。B「容量と範囲」。世界にある巨大な情報に対して、タイムゾーンや地理的空間に関係なくアクセスできる。C「スピードと自動性」。ICTは情報を貯蔵・変換・表示することが可能なので、ユーザは高度なレベルで情報を読み・観察・査問・解釈・分析・統合することができる。D「質」。質は、作品を高いレベルで提示したり刊行できる可能性を表している。E「複数感覚可能性:Multimodality」。テキスト、イメージ、音、ハイパーテキストの相互作用の中に反映される。F「中立性と社会的信頼性」。われわれの、社会的文化的生活に及ぼすICTの衝撃について、議論することは自由である。
上のような特質があるとしても、ただ漠然とICTを使ったのでは、創造性は育成されない。そこには教師の配慮が必要である。相互作用や積極的参加が必要な事態を作り出し、創造や産出物や目的を明確にし、産出物の独自性とか、目的に照らしての価値とかを判断させるといった活動を積極的に行わせることが有効である。
(4)創造性を育成するICT授業
1)ICT授業(小学5年、50分2時間)
授業目標:文章、表、イメージ、音を合わせたり、構成したりして、アイデアを発展洗練させる。自分自身のイメージを生み出すために、グラフィックソフトウエアを使い1つのパターンに作り上げる。
生徒はWebサイトから好みのイメージを取ってきて、それを自分のホルダーに格納する。それを加工して並べて「タイルパターン」を作るのが最終目的である。回転、反射、変換などのテクニックを通じていろいろなパターンをつくることができる。一人の生徒は、まずタイルを規則的に繰り返してパターンを作り、それからタイルを回転してミラーパターンも作った。次に周辺部を飾るためにタイルのサイズを縮小してくり返しパターンを作った。
創造性:この授業の中で育てることをねらった創造性は、可能性を実験的、探索的にさぐることである。具体的には以下である。@いくつもの選択肢を試す、Aアイデアで遊ぶ、B問題を解き困難に打ち克つ、Cアイデアを適用・修正する、Dアイデアを効果的に伝える、Eアイデアと行動の評価をする。
知能を伸ばすほめ方と創造性・独創性を伸ばすほめ方
最近、30名を超える現職教師を対象に「ほめ言葉」についての調査をした。調査から得られたほめ言葉は、「よくできました」「速くできたね」「すばらしい」「」「」「」等であつた。これらのほめ言葉は、下に述べる「知能を伸ばすほめ言葉」に相当する。残念ながら、下の創造性・独創性を伸ばすほめ方は皆無であった。これらのことから、日本の教室では、積極的に創造性・独創性を伸ばす教育はなされていないようである。
創造性・独創性を伸ばすためには、各教師が単独あるいは集団で、創造性・独創性を伸ばすほめ言葉を考えだし、適切な場面で使いこなすことが、これらの能力の育成には欠かせない。だれかが考え出したほめ言葉ではなく、各教科の授業や総合的学習や特別活動の中で、試行錯誤しながら、ほめ言葉を創出する必要がある。一人ひとりの子どもを思い浮かべて、その子にあったほめ方を工夫するのである。
@知能を伸ばすほめかた: それは正解です。それは本当に正しいよ。よく答えが一つにまとまったね。よく記憶できたね。すっきり考えられているね。まっすぐ、筋が通っているよ。
A創造性を伸ばすほめかた: さすがは何々君、本当に君らしい考え方だ。なかなか人が考え付かない方法をよく考えたね。最後まで、本当に辛抱強くやり遂げたね。いろいろな観点からよく吟味されているよ。その「もしかしたら」という風に仮定して、考えた点がとてもいいね。
B独創性を伸ばすほめ方
@あなた一人で最後までやり遂げたことが素晴らしい。あなたの発想は独創的だ。あなたの発想はユニークだ。未踏の領域に踏み込んで探求を続けた勇気に敬服するよ。だれも探求していないテーマをよく見つけたね。その絵(織物・クラフト・陶器等)の配色が傑出しているよ。
[引用文献]
弓野憲一(編著)2005 世界の創造性教育 ナカニシヤ書店
弓野憲一・渋谷恵 2009(監訳)英国初等学校の創造性教育(上・下)静岡学術出版