発明の質と創造体験の関連について
The Relationship between Quality of Inventions and Creation Experiences
 
弓 野 憲 一:Kenichi  YUMINO
静岡大学教育学部:〒422 静岡市大谷836
 
大学生を被験者として、どのような体験が難度の高い問題解決や発明と関係しているかを調べた。
そして@替え歌・作詞・作曲をしたことがある、A自転車等で知らない街を探検した、B新しいゲームを考案、ルールを変えた、等のいわゆる「創造体験」と難度の高い問題解決が高い関係にあることがわかった。さらに創造的体験と発明の質の関係も吟味された。
 
1.はじめに
 この10年の間、日本の教育は従来にはなかったいくつかの「教育目標」をかかげて実践がすすめられてきた。それらは、自己教育力の育成、個性を生かした教育、国際化や情報化に対応する知識・技能・態度の育成、等々であった。さらに生活科の新設に見られるような、体験を重視した学習をすすめることも重点目標の一つであった。
 そして今、2002年より施行される新学習指導要領の母体となる「新教育目標」が中央教育審議会等において、まとめられつつある。それは児童生徒に「生きる力」つけさせることである。生きる力とは何を指しているのであろうか。平成8年7月に出された中央教育審議会の第一次答申では、生きる力を以下のようにまとめている。「生きる力は、いかに社会が変化しようとも、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や、感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と称することとし、これをバランスよく育んでいくことが重要と考える。」創造性研究の観点に立つと、この答申の内容は、多くの点において「創造性の育成」と重なり合うことが直ちにわかる。
 上記の「生きる力」を育むためには、現在の学校で重要視されている児童・生徒の各種の体験がキーポイントになるであろう。しかし児童・生徒のどのような発達段階で、どのような体験が必要なのであろうか? そしてそれはなぜ必要なのであろうか? このような問い掛けに対して@体験そのものが大切なのである、Aアメリカ等の先進諸国において体験を重要視した教育が行われている、B情報化・国際化した今後の世界を生きる子どもにはこの体験が重要である、等々の理由をあげることができよう。ところが、思弁的な理由はいざ知らず、実証的な観点から「いかなる体験がいかなる時にその効果を発揮するのか」と問い掛けると、これに十分に答える実証的な研究を見つけ出すのは内外において難しい。
 
2.問題解決力と創造体験
 筆者と宇山(1998)は大学生に下記のような難度の高い放射線問題を提示し、このような問題に対して、なんらかの解決案を出した人(解決者群)とそうでない人(未解決者群)の体験の違いを調べた。読者もしばらく時間をとりこの問題を解決されたい。体験の調査項目の一部を、表1.1に示す。表の最上項目では、解決者群の学生の80.0%が替え歌・作詞・作曲を体験し、未解決群では43.5%がそのような体験をしたことになる。表の右側の*は5%水準、**は1%水準で得点あり群の比率が高いことを意味し、無印では、両群に差がないことを示している。
 <放射線問題>
  悪性の腫瘍ができた患者がいる。この腫瘍が一刻も早く除去されなければ、腫瘍は体を蝕み患者は確実に死に至る。この腫瘍はある程度の放射線を照射すると破壊できるのですが、腫瘍は臓器の深部に出来ているため、放射線が腫瘍に達するまでに通過する正常な細胞を破壊してしまい、患者の命が危険にさらされる。患者の健康を損なわずに放射線で腫瘍を破壊するには、どうしたらいいか。
 
表1.1 問題解決者群と未解決者群の創造体験の比率(%)
   体 験 項 目              解決者群 未解決者群
1.替え歌・作詞・作曲をしたことがある       80.0   43.5 **
2.自転車等で知らない街を探検した         95.0   61.3 **
3.新しいゲームを考案、ルールを変えた       65.0   33.9 **
4.音楽テープやビデオを編集した          80.0   54.8 **
5.コンピューター・プログラムを作成した      35.0    6.5 **
6.模型を組み立てた                75.0   53.2
7.科学雑誌や科学の単行本を読んだ         55.0   37.1
8.電化製品や自転車を修理した           50.0   38.7
9.昆虫・花・石を採集した             55.0   51.6
10.習い事をした                  85.0   85.5
11.美術館や博物館に行ったことがある        75.0   79.0
12.自分で計画して旅行したことがある        45.0   50.0
13.生活しやすいように部屋の模様替えをした     65.0   79.0
14.一週間以上日記をつけた             35.0   54.8
     ・
 
  表1.1の体験項目の内、1から5までは解決者群の大学生の方が多い。しかし、9以降の体験では、両群が同じか、あるいは有意差はないが未解決者群の比率の方が多いものもある。したがって、放射線問題のような難度の高い問題の解決には、1から5のような真の意味での「創造体験」が有効に働くのではないかと思われる。これに対し、9以下の項目のような体験は、ここでの問題解決とは、直接的に寄与しない体験であるのではないかと思われる。
 特別活動や総合的学習において、体験を重要視した学習を展開する時にはこれらの点に注意し、時として創造的体験を積ませるための計画を立てることが奨励されよう。
 
3.発明の質と創造体験
 ここでいう発明とは、機械や電子機器や各種のコンピューターシステムのようなその道の専門家しか考え着かないような複雑で高次な発明ではなく、普通の人が考えつく日常的レベルの発明である。上記の「問題解決力と創造体験」と同じように、そのような発明のアイデアの産出に、「創造的体験」がどのように関係しているかを調べようとするものである。
 最近になって、 Finke(1993)は60名の被験者に球、半球、立方体、円錐、筒、直方体、針金、チュウブ、棚支え金具、四角の平板、フック、十字板、2つの輪、リング、ハンドルの計15の部品を与えた。そしてそれらの中から3つを選び出して、イメージを使って統合して、現実の世界において実用的な製品を作ることを求めた。特に創造的な部品を作ることは求めてはいない。どの様な部品を使うかに関しては、被験者が自分で自由に選択する条件(部品自由選択)と、実験者がランダムに部品を割り当てる条件(部品ランダム選択)を設け、さらに家具、個人所有物、運送、科学器具、日常器具、道具・文具、兵器、オモチャ・ゲームの8つのカテゴリーのいずれに属する製品を作るかに関しても、自由に選べる条件(カテゴリー自由選択)と実験者がカテゴリーをランダムに指定する条件(カテゴリーランダム選択)が設けられた。そして発明品の「独創性」と「実用性」が評定された。
 発明の質と部品選択の制限の間には、どのような関係があるであろうか。部品選択条件とカテゴリー選択条件の2つの条件を組み合わせると表1.2ができる。これらの条件の組み合わせの内で最も創造的な発明が出現するのは、どの組み合わせであろうか。結果は明らかである。両条件ともにランダムな組み合わせの時に、創造的な発明が多く生まれている。ランダム条件は自由選択条件に比べて制約が強い。その制約の中で、目的とする発明を成し遂げようとする中に多くの創造的な作品が生まれたのである。創造性の教育に関心を抱く者にとっては、看過することのできない重要な発見である。
 
4.調査の目的
 小・中・高校・大学時代におこなった創造的験は、Finkeが調査したような「発明」とはどのような関係にあるのであろうか。本調査においては、この関係を調査する。さらに、「創造的態度」に関する調査項目も作成して、それと発明の質および創造体験の関係も調査する。
 
5.方法
  部品 上に述べたような15の部品であった。ただし、ワイヤー(B1)、チューブ(B2)、ブラケット(B4)は、曲げたり伸ばしたりバネとしても使用でき、さらに各部品は、固体、中空、一部が中空、全てが閉じているのいずれであってもよく、一つの部品は他の部品に埋めこむことが出来、部品の素材は木、金属、ガラス、プラスティックのいずれかであった。
  被験者   大学3年生121名。約半数の学生は部品選択自由条件、他は部品選択ランダム条件に割り当てられた。
  条件 部品選択自由条件:15種類の部品から自由に選んだ3つを用いて、指定されたカテゴリーに属するものを一つ考え、発明を完成させ図示した。そしてその発明をどのように実用的に利用するかを、図の下に書き入れた。 部品選択ランダム条件:実験者がランダムに選んだ3つの部品を与えた以外は、部品選択自由条件と同じであった。3つの部品の組み合わせは、被験者毎に違っていた。
  発明品のカテゴリー  科学機器・用具、おもちゃ・ゲーム、道具・事務用具、小物類、輸送・移動、家具の6つのカテゴリーが用いられた。そしてそれぞれのカテゴリーに属するものを例として一つづつ挙げた。たとえば、科学機器・用具のカテゴリーでは「はかり」がその例であった。
 発明品の評価 著者を含む3人の評定者が全ての発明品について、「独創性」と「実用性」をそれぞれ5段階で、独立に評定した。
 創造体験調査表 調査表は表1.1とほぼ同じ25項目からなっていた。被験者は小・中・高・大学のいずれかの時期に、そのような創造体験をどれほどしたかを5段階で評定した。
 創造的態度調査表  調査表は、@たとえ話しがうまい、A問題を解く前にその問題の構造をよく考える、B確固たる意見をもっている、C今までだれも考えたことのないすばらしいものを創りたい、Dものごとの本質を考えようとする、・・・ Gなにか美しいものをつくりたい、・・Hはげしい議論を楽しむことができる、Iいろいろな立場からの見方ができる、等の37項目から成っていた。
 
6.結果
 独創的と評定された発明品は、以下のようなものである。