日本および世界の先進国が求めている課題設定・解決能力

2015年時点で世界の先進国および文科省がアクティブ・ラーニングを通じて求めている「教育」および「子どもの力」は、以下のものである。

 @ある事柄に関する知識の伝達だけに偏らず,学ぶことと社会とのつながりをより意識した教育である。
 A子どもたちはそうした教育のプロセスを通じて,基礎的な知識・技能を習得する。
 Bそして,実社会や実生活の中でそれらを活用しながら,自ら課題を発見し,その解決に向けて主体的・協働的に探究し,学びの成果等を表現し,更に実践に生かしていけるような力を育てる(課題設定・解決能力とよぶことにしよう)。
 
 自ら課題を発見するのではなく、自ら有意味で価値のある課題を設定する

 「発見する」に対して、人々はどんなイメージを抱くであろう? コロンブスがアメリカを発見する、金鉱を発見する、三平方の定理を発見する、・・・等、発見には既にあるもの、完成されたもの、隠された真実等をだれかが「見つけだす」活動等が浮かんでくる。この観点から、児童・生徒と教師が「自ら課題を発見する」を捉えると、「私向けにつくられた課題」が既にあり、私は、単にインターネットや本や先輩の研究課題から、課題を選択すればいいということになる。
 しかし、課題を選択することをいくら繰り返しても、学校時代及び生涯にわたって有益な「課題設定能力」は磨かれない。「自ら課題を発見する」を、「自ら有意味で価値のある課題を設定する」と表現し直し、自問や他者の意見や議論を通して有益な課題に練りあげ、これを解決する学習が、日本および世界の先進国が求めている能力の形成に寄与することは確実である。

 課題設定・解決能力と生きる力

課題設定・解決能力と生きる力の類似性

 実は、この課題設定・解決能力は、15年ほど前に導入された「総合的学習の時間」の目的である「生きる力」とほぼ同じである。生きる力は、「いかに社会が変化しようとも、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や、感動する心など、豊かな人間性である」と定義されている。
 *15年間の実践において日本の子どもに「生きる力」は、育っただろうか?詳しくは下記を参照されたい

 課題設定・解決能力は、「学び」の上に立った「創り」を実現する過程で伸びる

 「学習」を「学び」と「創り」の二領域に峻別すると、先進国の教育が求めている「課題設定・解決能力」は、日本も含めアジアの学校で強調される「学びの領域」ではなく、「創りの領域」に属する。その理由を考えてみよう。

 少しづつ変わりつつあるとは言え、一斉画一授業が盛んな日本の教室では、教師が教科書の内容を児童・生徒が理解しやすいように教える授業が一般的である。この傾向は、高校等の上級学校にいくほど顕著である。ここでは、学ぶ力が評価の対象になる。教科書に盛られた内容を速く理解し、学習内容と似たようなテストで、高得点が取れれば、学びが成功したと評価される。しかし、「学び」という言葉を厳密に用いると、学びは「正しい」とのお墨付きを得た教科書内容等の理解・記憶・再生に力点が置かれるので、曖昧な事柄や不確かな事象を記述する「私の意見」や「一歩進んだ見解」は無用である。
 ところが、私自身、学校・職場・社会における課題設定・解決は、初めから「正しい課題」や「正しい解き方」があるわけではない。私や私が属する集団にとって、有意味で価値のある課題は、完成した形で砂の中に埋もれてはいない。教科書に書かれている内容をベースにしつつも、領域の異なる分野等の知識や経験を総動員して、自己内および他者との議論を通じた試行錯誤のなかで、生涯有用な「課題を設定し解決する能力」が育つ。

 以上のことから、課題設定・解決能力の育成は、学びの領域を超えた創りの領域に踏み込むことで実現される。



日本の多くの子どもの「生きる力」は育っているか?

 総合的学習に関して、特別なプログラムを実施しているごく一部の熱心な学校を除くと、「生きる力」は、十分に育っていないのではないか。というのは、「生きる力」は誤って理解されているからである。元気で生き生きと学習をしている子どもがいると教師も親も「生きる力」が育っていると、判断しがちである。学習に対する態度が積極的で動機付けが高いと、子どもの「生きる力」が育っていると、見てしまいがちである。 しかしなが上に述べたように、生きる力は、学校時代のみではなく社会にでてからも役立つ「課題設定・解決力」を包含している。学習に対する態度や動機付けのみではないのである。
 弓野は総合的学習が新設された2000年頃より毎年、小学校教員資格をもたない小学校教員に「資格」を授与するための講習会で教えてきた。総受講者数は700人以上である。10-20年間小学校で教壇に立っている中堅の教師である。多くのものが、研修主任、学年主任、教務主任の経験があった。「生きる力」という言葉は、ほとんでの者が知っていたが、その中身である「いかに社会が変化しょうとも、自ら課題を見つけ、自ら学び、・・・・」の力を育てる授業を展開している教師は、ほんの一握りでしかなかった。教師が「生きる力」の何であるかを正確に把握していなくては、子どもの「生きる力」を伸ばすことは困難である。総合的学習のテーマの決定を例にとると、インターネットや先輩の研究したテーマをなぞるのみでは、課題の設定力は伸びず、単なる課題の選択で終わってしまうことになる。
 以上のことから、日本の多くの子どもに「生きる力: 課題設定・解決力」をつける実践は、まさしくこれからの日本の重要な教育課題である。